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日記・コラム・つぶやき

2017年1月31日 (火)

有機のグレープフルーツ? いよかん?

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グレープフルーツだと思うのですが…
日本でグレープフルーツって作られているのでしょうか?

有機農業で育てられた、いよかんと共にいただいたものです。

こちらも無農薬・無化学肥料で育てられた果物。皮が市販のものとは全然違います。

でも中身は全然大丈夫で、おいしかったですね。
 
 

2017年1月23日 (月)

2017年カレンダーできました

連絡が遅れましたが、カレンダーできました。
ちょっとアップした写真は曲がったりしていますが、
印刷屋さんに依頼して作ったちゃんとしたカレンダーです。

大きさはA5判、縦に見開く形になります。画鋲などで壁にさす穴あります。


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P2017_0123_020347_2   P2017_0123_020225























2017年カレンダーは1部 1500円(送料込み)で郵送します。
(切手、商品券可能です。)


左下メールフォームか下記メールまで、
送り先住所・名前・連絡先(電話番号)をお願いします。


メール連絡先は
seren24koya@yahoo.co.jp (セレン24コヤ)です。

2017年1月 1日 (日)

今年もよろしくお願いします。 2017 カレンダー



今年もよろしくお願いします。
2017年カレンダー、

すっかりさぼって
まだできていません…、1月10日前後に出来上がる予定です。


今年は、すべての月で夜の写真にしています。

購入されたい方がいましたら、連絡ください。

メール連絡先は
seren24koya@yahoo.co.jp です。





表紙写真予定

2017

























1月写真

1
















12月

12_2






2016年11月15日 (火)

いかがお過ごしですか?

P2016_1020_154849




お久しぶりです。しばらく更新していませんでしたが。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?

↑10月の写真です。

2016年6月 6日 (月)

タケノコが竹になるところ

タケノコが竹になるところ。


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2016年1月24日 (日)

2016年もよろしくお願いします。(カレンダー作りました。)

今年もよろしくお願いします。

最近読んでいる本で、興味深かった箇所を以下に引用します。
河合隼雄氏は既に亡くなられましたが、日本を代表する臨床心理士・ユング派分析家、
元文化庁長官で、有名な方ですので知っている方も多くいると思います。


世界情勢、国内情勢、共に混乱の中、政治も経済も社会は厳しい状況が続いていると
感じていますが、

まずは、自分自身を大切にすること、自分自身の充実、自分の人生を大事にしながら
2016年も歩んでいこうと思っています。





(以下、「河合隼雄のカウンセリング講座」より引用↓)

「社会をよくすることもものすごく大事ですけれど、一人の人間をよくすることも、それと同じぐらいの重みをもっていると信じていたからです。一人の人間が変わるということは、社会が変わるのと同じくらいすごいことです。(略) 人間一人が変わるということは本当に大変なことです」

「僕はこういう仕事につく前に、自分の分析というのを五年ぐらい受けています。五年間やって人間がどのくらい変わるかということを自分でよく知っているわけです。あんまり変わらないんですよね、やっぱり(笑)。しかし、あんまり変わらないけれど、どこか変わってくる。その、どこがどのぐらい変わって、それがどんな意味をもつかということを、自分で自覚してないといけないと思います。そして「あんまり変わらない」と言っていますけれど、その「ちょっと変わる」ということがどんなに偉大なことか。やはり、人間がちょっとでも変わるというのは、すごいことなんです。」

「人間が一八〇度変わるのは大したことありません。一八〇度というのはわりあい変わりやすいんです。パッと一八〇度変わります。それで、ちょっとしたらパッと元へ返りますからね(笑)。けれども、ちょっと変わるというのはなかなか大変なことです。これは、「風見鶏」をイメージするとよくわかると思います。あの鳥は、ときどきパッと一八〇度向きが変わることがあるでしょ。あれ、一八〇度変わるのは平気なんです。でも、風見鶏が五度だけ向きを変えようと思ったら、もう死にものぐるいだと思いますよ。人間でも、ちょっと変わるというのはすごいことなんですね。」

「みなさんも、自分と親のことを考えられたらよくわかると思いますが、親と同じことをやっているか、一八〇度違うことをやっているという人が多いでしょ。しかし、親よりも五度変わったというのは、これはなかなか大変です。「親は大酒飲みだったけど、俺は一滴も飲まない」とか、「親は一滴も飲まなかったけど、俺は大酒飲みである」とか、何かそういうふうにパッと変わることはできるんですが、「親は大酒飲みだったけど、私はちょうど適当に飲んでいます」というようなことは、ものすごくむずかしいんです。」

 (以上、河合隼雄のカウンセリング講座 河合隼雄 2000 創元社 より引用)





自分自身が良い方向に少しずつ変われるように

みなさんが良い方向に少しずつ変われるように

世界が良い方向に少しずつ変われるように




まずは自分自身が少しずつ行動していきたいと思います。





2016年度のカレンダーを作りました。

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もし欲しい方がいましたら、
切手 千円分と交換いたしましょう(送料込)。

残部4部ほどあります。
表紙が異なるのが2部あり。

見開き銀と黄色のシールが貼ってありますが、
銀=新月、黄色=満月として個人的に貼ったもの
なので、もしシールを貼って欲しい方がいましたら、
その旨、連絡ください。シールつきは1200円分の
切手での交換となります。

住所と氏名と連絡先をご連絡ください。

2015年11月16日 (月)

大根

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ちょっとばかり、有機農業をしている方の手伝いをしています。

大根↑。


種を取るんですか? って聞いたら、いや、ほったらかしにしていただけ、とのこと。
秋の片づけをするから抜いといてと言われ、大根ってこんなになるんだなぁ、と
みつめていました。エネルギッシュ。




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大根の花↑

これらは約1か月前の写真なのですが、大根の花にみつばちが蜜を吸いに来ていました。


大根の花は、うすい青色でした。



2015年10月10日 (土)

「1億」という言葉について(毎日新聞より引用)

1010日は体育の日ですが、友人から、体育という言葉は軍隊用語であるということをある芸能人がテレビで言っていたということを聞きました。
体育ではなくスポーツに移行するべきだと。

今日は、スポーツの日と言われたならば、スポーツをすることを意識するかもしれないけれど、
今日は、体育の日と言われても、確かにピンとこない。

(
そのような日にちやら祝日の理由をつけるのも国家の都合であるということも意識するけれども。)

時代がさらに混迷している中で、このような細かいけれど、
人が生きる根底に存在している「言葉」、
その言葉を用いた権力側の巧妙なプロパガンダには意識して

注視していかなければならないと思います。

権力側のプロパガンダの言葉が、私たち市民の生活に入らないように。

以下、毎日新聞より引用。↓

昭和史のかたち:安倍首相の1億総活躍社会=保阪正康

 ◇過去の歪み 凝縮の表現

 安倍晋三首相の言語感覚はなかなかユニークである。

 9月30日に訪問先のジャマイカで随行記者団に、党内人事や新しい政策について説明したなかで、「1億総活躍社会」の実現を目ざすことを改めて語った。言わんとするところは、人口減で先細りする労働力を案じて、このままでは日本の未来は開かれない、そこで新たな経済政策や雇用の安定を図って、「1億総活躍社会」を実現させるということのようだ。

 この「1億」とは人口の概数を指して、いわば「国民全員が活躍できる社会」というのが本意なのだろう。活躍の意味も曖昧なら、それがどのような到達地点なのかといった具体的なイメージもない。例によって麗句を口にし、なにやら幻想をまき散らすというのが、この「1億総活躍社会」の意味ではないか。

 むしろあの日中戦争・太平洋戦争時に盛んに用いられた「進め一億 火の玉だ」とか「一億一心」などとイメージが重なり危なかしくて仕方がないというのが正直な感想である。つまり「一億」という語は、「聖戦完遂」とか「ファシズム体制」そのものを指しているというのが歴史的な用いられ方であった。

 たとえば「一億一心」というのは、国民が心をひとつにして聖戦完遂をとなる。国民精神総動員委員会の決定にもとづいて、1939(昭和14)年9月1日から、阿部信行内閣の下で毎月1日は「興亜奉公日」になった。これが官報でも告諭された。この奉公日は、次のように規定されている。

 「全国民ガ特ニ戦場ノ苦労ヲ想ヒ、自粛自省、的確ニ之ヲ実際生活ノ上ニ具現シ、一億一心、興亜ノ大業ヲ翼賛シ、以テ国力ノ増強ヲ図リ、強力日本ノ建設ニ邁進(まいしん)スルノ日」。「一億一心」を訴えるこの日は、ドイツがポーランドに進駐して第二次世界大戦が始まった日でもある。加えて日中戦争が泥沼化していて、日本は身から出たさびとはいえ、そこから抜けだせずに苦悩を続けていた。

 国民精神をひとつにして、戦争政策に全面的に協力せよというのが、興亜奉公日(それを一億一心社会といっていい)の狙いである。阿部内閣のこの奉公日の規定は、現在にも通じていて安保関連法が現実に施行になったら、そのまま通用するのではないかといいたくもなる。

 「1億」は太平洋戦争下ではもっとおどろおどろしい意味をもった。開戦翌年の42年には、大政翼賛会のスローガンとして前出の「進め一億 火の玉だ」という激しい言葉が採用され、主要な建物には、垂れ幕が掲げられた。作詞、作曲もされ、国民の士気を鼓舞する戦争歌としてことあるごとに歌われた。その冒頭は、「行くぞ行こうぞ がんとやるぞ 大和魂だてじゃない……」といった具合なのだが、戦況が悪化していくにつれ、これらの歌はヒステリックな歌い方で国民の士気を鼓舞したのである。

 安倍首相の用いている「1億総活躍社会」は、もとよりこの時代のファナティックな意味をこめているわけではないだろう。しかし過去のこの国の歪(ゆが)みが凝縮している「1億」などといった表現は慎むのが歴史的礼節であるならば、いささか無神経すぎるといった言い方をしてもいい。

 なにしろこの語は、状況が悪化していくと、「一億総玉砕」とか「一億総特攻」といった語にもつながっていく。いうまでもなくこのふたつの戦術を、第二次世界大戦下で国家の軍事システムとして採用した国はない。日本だけである。ふつう全滅というのはある部隊の3分の1を超える兵士の戦死の状態を指す。ところが日本は最後の1人までが死ぬことを全滅といい、全滅では大本営参謀たちの責任となるとばかりに「玉砕」という語に言い換えた。43年5月のアッツ島の玉砕からである。戦争末期には「一億総玉砕」の名のもとに国民全員に死が強要されつつあった。

 「一億総特攻」もまたそうであった。十死零生の作戦が、まずは学徒兵や少年飛行兵に、国家の非常時という名のもとに命じられている。

 「1億」という語には、恐るべき意味が数多くこめられている。戦後の歴代首相の演説や議会答弁で、この表現で自らの政策を語った例はほとんどないのではないか。国民の反発を買うと知っていたのであろう。戦後社会では、一評論家がテレビ時代を皮肉り、1億視聴者が思考をもたなくなるのではと案じた件が思いだされてくるだけだ。

 10月7日に発表された第3次安倍改造内閣では1億総活躍担当相が生まれた。さて「1億総活躍社会」とは、私たちに何にむけて、どのような活躍を要求するのだろうか。不気味な表現に慣れるわけにはいかないと覚悟すべきだろう。

(昭和史のかたち:安倍首相の1億総活躍社会=保阪正康 毎日新聞 20151010日より引用)

2015年6月27日 (土)

高校野球とメダカ

高校生の頃は、高校野球をやっていました。
高校生の頃は芸術や社会問題のことなどまったく関心も興味もなかったのですが、

今は高校野球のおかしなところ、以下のコラムのような
高校野球に現れている「軍事色」がわかります。

もっと自由に、それこそなんで坊主なのか、

坊主にする人がいてももちろんいいけど、
みんな坊主なのは異常だと思います。自分も坊主でした。

プロ野球選手は長髪もいれば、ヒゲの人もいるし、しゃれためがねしたり、
ガム噛んだり、自由です。
近年、某球団の監督がヒゲ禁止、ユニフォームの着方統一というような
ことを掲げてシーズンに望みましたが、ダントツ最下位で確か夏前に早々解任された
ことがありました。

いくらチームプレーといっても、そこには一人一人の個性があって、「個」が存在しています。
ましてプロです。
個人を尊重しないチームはいずれ負けます。見かけは強いようで実は弱いです。
個人を尊重しているかどうか、そこにチームの強さと監督の良し悪しがわかると思います。
野球漫画だって、ドカベンとか個性的なやつらばかりです。

高校野球でも監督の暴力とかの事件がまだまだあります。
個人を尊重していれば、暴力などしないはずです。
ちなみに高校野球は教育などではないと自分は思います。
教育というのであれば、高校の授業でやればいいと思います。


規律性に男性も女性もあこがれたり!? というのもあるようですが、
最近は政治家が徴兵制やら、マスコミつぶせとか言っていて、
冗談ではすまない時代になっています。

甲子園で長髪のピッチャーが活躍する日はいつになるのか。
アフロヘアで帽子が乗っかっているピッチャーとか。
一球投げるごとに帽子が落ちたり。
そんなチームが現れたらこの国の未来も明るいと自分は思うのですが。


以下 (玉木正之 毎日新聞 2015年6月27日朝刊より引用)

「  高校野球 消えぬ「軍事色」

何年か前から、高校野球で不思議に思い始めたことがあった。それは開会式の行進が変わってきたことだ。       

 指先までピンと伸ばした両手を前方45度に振り上げ、膝を曲げたももを90度に上げて歩く。それが行進だと思っていた。だが数年前から、両手で拳を握り、前方へ振り出す腕は肩の高さ(90度)まで上げ、握った手のひらを真下に向けて拳を突き出すように歩く。そんな学校が増えてきた。

 何故こんなオカシナ歩き方を?という疑問はやがて氷解。それは自衛隊の分列行進の歩き方だった。

 そもそも開会式の行進は旧帝国陸軍の分列行進がモデルだった。

 夏の主催者の大阪朝日新聞社が大会を始める4年前(1911=明治44=年)、東京朝日新聞社が「野球と其害毒」というキャンペーンを約1カ月にわたって繰り広げ、新渡戸稲造、乃木希典らの高名な論客が学生に及ぼす野球の弊害や悪影響を激しく指弾した。

 一方、福沢諭吉の創刊した時事新報等が野球は教育的に優れている、という主張を展開。賛否両論渦巻くなか、結果的に野球人気は一段と上昇。そこで大阪朝日新聞社は高校(旧制中学)野球の全国大会を始めるにあたり、教育的価値を強調。試合前にホームプレートを挟んで両チームが礼をするルールを創ったり、開会式に帝国陸軍の分列行進を取り入れたりしたのだ。

 当時はスポーツと軍隊の結びつきは世界的にも強く、五輪の開会式でも軍隊式の分列行進が行われた。だが80年代ごろから世界のスポーツ界から軍事色が消え、開会式の行進は選手のよろこびを表現する場に変化した。

 地方大会の開会式では、足をそろえず笑顔で手を振って入場した学校もあったらしい。だが日本高校野球連盟からすぐに注意を受けたという。はたして高校野球から「軍事色」が消えるのはいつのことだろう?【スポーツ評論家】

                                                  」




知人の方がメダカの子どもがいっぱい生まれていてちょっと困っているというので、

盛岡市近郊で受け取りに来れる方で、飼いたい人、ご連絡ください。


自分も飼っていますが、水道水でいいし、餌も一日1回でいいですし、2日くらい忘れていても大丈夫です。

2015年6月24日 (水)

Remove cat before flight (猫のフライト:イギリスより)

Remove cat before flight ↓

https://www.youtube.com/watch?v=J_8mdH20qTQ




こちらはイギリスの飛行学校の映像。2人を乗せて大空に羽ばたいた軽飛行機ですが、画面右上に注目すると・・・猫が離陸前から乗っていたのです。初めは気が付かないパイロットですが・・・猫と目が合いました。しかし、手を出すと猫がびっくりするかもしれず、危ないので、どうすることもできません。

 それでも、この飛行学校のマスコットとされているこの猫、飛行機が地上数百メートルの高さを飛んでいても全く動じません。

 結局、飛行機が着陸した後、猫は無事に地面に飛び移りました (TBS News iより引用)